中島 誠之助(古美術鑑定家)×山崎 雅康(山崎石材代表取締役)
スペシャル対談 2018年版
《 Special Talk 》Seinosuke Nakajima × Yamazakisekizai

2017年よりイメージキャラクターとして活躍いただいている中島誠之助氏。昨年行われた弊社代表取締役である山崎雅康との対談が好評につき、今年も二人の対談が実現しました。今年は、山崎石材にゆかりのある川越のスポットにもご案内しました。

墓石は家族の根っこであり、心の拠りどころ。
拝むことで、ご先祖さまとつながるのです。

石は歴史と文化を伝える、かけがえのないもの

山崎:中島先生、テレビでご活躍の姿は拝見しておりましたが、今年もお目にかかれて光栄でございます。
中島:今年もお招きいただき、ありがとうございます。しかし、一年というのはあっという間だね。川越付近を通るたびにお訪ねしようと思いつつ、今日を迎えてしまいました。
山崎:そう思っていただけるだけで、うれしいです。いつでもお立ち寄りください。余談ですが、昨年は日本の石材店の売り上げ順位を2つばかり伸ばすことができまして。これも先生のおかげだと思っております。チラシなどに中島先生が掲載されることで、お客さまにも親しみを感じていただけるようで好評なんですよ。
中島:それはうれしいね。お役に立てているなら幸いです。
それにしても、このご時世に売り上げ順位を上げるとは素晴らしいですね。波に乗るということはよいことですし、乗るべきですよ。
山崎:私の力だけでは実現できず、社員一同が一生懸命やってくれているおかげです。これからもご贔屓くださいませ。
中島:今年は浄苑にもご案内いただいたけれど、山崎さんはもちろん従業員のみなさんの魂が感じられましたね。よい気というのは、そこに行けばすぐわかるものです。見えなくても、何かが心に響きますね。
山崎:ありがとうございます。
今年は、昨年の対談時に話題に出た場所を先生にご覧になっていただきたく、朝からお付き合いさせてしまいまして申し訳ありません。まず、蓮馨寺の石門はいかがだったでしょうか。
中島:立派でしたねぇ。大正8年建立というと、約100年だね。
山崎:初代が石屋を始めてすぐに、お寺さんから大きな仕事がくるということは稀だと思います。
中島:地盤と信用を持っていらしたんでしょうね。
山崎:初代には敵いませんが、実は私も街に貢献できる仕事をさせていただきまして。一昨年、ノーベル物理学賞を受賞された梶田隆章先生が県立川越高校のご出身なんですね。その栄誉を称えて記念碑を建てようとOBたちが立ち上がりまして、その制作を弊社で請け負うことになりました。
中島:それは名誉なことですね。
山崎:OBたちからのオーダーは「私たちの母校からノーベル賞受賞者が輩出された名誉にふさわしいものを」とのことでした。いろいろ考えて、ノーベル賞のトロフィーをモチーフにしたU字型の碑をデザインしたのです。「自然を不思議に思う心」という後進たちへのメッセージ、梶田先生の直筆を複写しました。
中島:それはおもしろいアイデアだ。ずいぶん丈の高い石碑でしたね。
山崎:1丈10尺ほどあり、およそ3メートル30センチくらいですね。地上に出ている部分が1丈(3メートル)で、地下には3尺も埋め込められているんです。大きな石を使わないと倒れてしまうんですね。
中島:そんなにありましたか! まさにノーベル賞にふさわしい記念碑となりましたね。これから川越の観光スポットになるのではないでしょうか。
山崎:観光スポットになってくれることを願います。石というものはこうやって後世へと残せて、改めて素晴らしいものだと実感しました。私どもの仕事が少しでも世の中を潤すものになれたら、石を生業にするものとしては光栄なことだと思っています。
中島:中国大陸でも日本でも、石碑というものは何百年、何千年と各地に残っている。中国の陝西省西安に「西安碑林博物館」という博物館があるんだけどね、石碑・墓碑・金石文・墓誌銘・石彫刻などおびただしい石碑が収蔵されていまして。刻まれた文字を読むだけで何日もかかるんだけど、いにしえの人たちの魂というものにふれられるんです。そして、文字というものは本来、石に彫るものなんだなと実感しますよ。とはいえ、石に文字を彫るのは大変なことですから紙が発明されたわけですが、紙に字を書くというのは便宜上のことなんですよ。漢字はもちろん、日本の仮名にしても、石に彫るというのが本来の形であり、文字として出発しているんではないかと思うのです。平安時代には和紙に文字を流麗に書くという、日本独特の文化が生まれますが、文字というものは紙に書いたり、竹簡や木簡という竹や木の板に書くのではなく、やっぱり石に彫るものなのでしょうね。紙や竹は朽ちてしまいますが、石は永遠です。だから数千年の時代を経ても、我々は過去を知ることができるわけでね。日本は木と紙の文化で、それが独特な文化を生み出してきたわけですが、もし石の文化だったらね、ギリシャやローマに劣らない文化が発達したはずだと思うのです。
山崎:その通りですね。そして、その永遠に残るものを作らせていただくのが石材店の役目であり、責務です。

先人の知恵を伝えるのも、石だからこそできること

山崎:石の魅力のひとつは後世に残せることですが、それを実感できる出来事がありました。まだ記憶に新しい東日本大震災のエピソードなのですが、山の中腹に「この碑の下に家は建ててはならぬ」という石碑があるそうです。実際、津波がその石碑の手前まで来たらしいのですが、それより上の地域に住んでいた人は被害に遭わず無事だったとか。先人が教えてくれる経験値に感銘すると同時に、石碑だから朽ちることもなく伝えることができたのだなと改めて石の魅力を感じたのですが、先生は石にどのような魅力を感じますか?
中島:私も新聞やテレビの報道で見聞きしましたよ。石は千年、二千年と永遠で、そこに刻まれた魂が残りますよね。石は、太陽に照らされ、月の光を浴びて、雨に打たれ、風に吹かれるもの。だから、天然石を庭に飾るのもいいですけど、自然の中で美しく見えるようにあるべきだと思うのですよ。墓石も同じです。初代、留五郎さんをはじめ、先代社長もそこをよく心得ていらしたんだと思います。その意気は山崎社長にもうけつがれているのでしょう。石の彫り方などの技術を伝承し、それを新しい時代にマッチさせて家業を守り続けるのが伝統なんだと考えます。伝承と伝統の調和、浄苑を拝見させていただいたときにひしひしと感じました。
山崎:ありがとうございます。時代に合わせて、さまざまなニーズに応えられる墓石を作れるよう努力しているので、お気づきいただけ非常にうれしいです。

人生の大事業として、子孫にお墓を残す

中島:墓石の前で拝むというのは、形だけのものではなくてね。そこに祀られている人と語れるわけですよ。ご先祖さまとの時間を超越した語り合いのひとときで、心のつながりなんじゃないですかね。そのとき何かシンボルが必要で、それが墓石の役割なんだと思います。
山崎:おっしゃるとおりです。私どものお客さまで、小さい頃にお父上を亡くされた方がおります。その方は、お母上やご自身に何かあったとき、墓に眠るお父上やご先祖さまに相談をするそうなんです。実際に話すことはできないけれど、心が落ち着かれるとおっしゃっていました。
中島:わかります。
山崎:墓石が家族に欠かせないというもので思い出しましたが、昔の高僧が「家族を持って、子どもができたら墓地を作りなさい。墓地は家の根っこです」とおっしゃったそうです。
中島:家族の根っこ。いい言葉ですねぇ。
山崎:最近では、墓地を持たずに自然葬を行う人たちも増えていると聞きますが、高僧の教えどおり、墓地を持ち、石を拝んでいただきたいものです。
中島:お墓、すなわち石を拝むというのは、自分がこの世に存在する証であり、かつ先祖から子孫に対して継承していくものを形として表しているんだと思いますね。ですから、所帯を持って家を建てるのも人生の大事業ですが、もうひとつの事業としてお墓を建てて、子孫に残してやるということも重要です。お墓があることで、家という存在がはっきりしてくるし、しきたりや家風も伝わっていくものじゃないでしょうか。
昨年もお話しましたが、我が家の墓地は浅草にあります。約150年前の嘉永4年に建てられたもので、会ったこともない先祖を拝むことで、彼らと心が通じる気がしますね。私は分家なものですから、この墓地とは別に自身の家族のためにお墓を残すべきと考えまして。幼なじみが東京港区の赤坂の寺の息子で住職をやっているご縁で、数年前にそちらにお墓を建てました。
山崎:それは、まさに高僧の教えどおりですね。
中島:ひとつだけこだわり、墓石に先祖の出身地を掘ってもらいました。私の祖父は長野県上田市出身で、私の子どもたちは自分たちのルーツが信州であることを知っていますけど、ひ孫以降はきっとわからなくなるでしょう。でも、墓参りをすれば「あ、うちは長野の出身だったんだ」と知り、また新たな思いが生まれてくるのではないでしょうか。
山崎:上田に行ったことがなくても、愛着を感じますでしょうしね。
中島:そうなんです。私が浅草のお墓を参るときも、150年前の会ったこともない、いま風にいったらDNAでつながっている人たちに頭を下げるわけです。そこにはもしかしたらお骨も入っていないかもしれないけれど、石があるということで、我が中島家の心の拠りどころになっているわけです。
山崎:石が心の拠りどころ。いいお言葉ですねぇ。先生の菩提寺のお墓には、魂は宿っていますか?
中島:そう思いますよ。人にはわからんでしょうけど、私はそう信じています。私が拝めば子どもも拝み、孫も拝む。そうやって家族というものを伝えていってほしいですね。
山崎:親子三代で拝む姿はいいものですね。
中島:そうですよ。今日も浄苑で拝見したけど、腰をかけられるお墓はいいですね。あそこでお弁当でも食べたいですね。
山崎:『語らいシリーズ』です。あれはご先祖のご戒名を読んでいただき、「ああ親父の戒名ってこんな感じなんだなぁ」とか思いながら、家族でお弁当を広げたり、お茶を飲んでいただいきたい、そんな気持ちで私もデザインさせていただいたのです。
中島:あの墓石こそ、新しい伝統の形だなと思って拝見しました。いいお仕事をなさいましたね。素晴らしいと思います。
山崎:そのお言葉をいただきまして、今年もいっそう家業に励んでいきたいと思います。先生もこれからもテレビなどで、私どもに夢を与えていただけたらと願います。本日はわざわざ川越までお運びいただき、誠にありがとうございました。
中島:お変わりのない元気なお姿を拝して、たいへんうれしゅうございました。

Profile
中島 誠之助(なかじま・せいのすけ)
昭和13年東京生まれ、80歳。古美術鑑定家のほか、歌謡曲の作詞、エッセイの執筆、講演など多方面で活躍。TV番組『開運! なんでも鑑定団』(TXN系列)のコメンテーターとして人気を博し、現在も出演中。決め台詞は「いい仕事をしてますねぇ」。
趣味は俳句で、俳号は鑑定士をもじった「閑弟子(かんていし)」。

2018年5月15日 収録
撮影協力/うなぎ いちのや 川越本店 http://www.unagi-ichinoya.jp

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